キャリアの中断はプラスに働くか?(Vol.339)


中村 亨の【ビジネスEYE】です。

『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』等のテレビドラマを演出した鴨下信一氏は、TBSドラマの歴史そのものとも言える存在です。

同氏は、網膜剥離やギラン・バレー症候群などの大病を患った経験があります。都度、職場からの長期離脱を余儀なくされてきましたが、克服後にはドラマを大ヒットさせてきました。皮肉にも、病気による ”気付き” が “新しい視点” をもたらしてくれたようです。「キャリアの中断は、人生にとってむしろプラスに働いた」と振り返っています。

今回のビジネスEYEでは、キャリアの中断はプラスに働くか?を考えてみたいと思います。

失明の危機を契機に成功に繋げる

岸辺のアルバム(原作・脚本:山田太一氏)

鴨下氏が40年前に演出を手掛けたドラマ『岸辺のアルバム』。ドラマの内容は、1974年に起こった「多摩川水害」をモチーフにした物語でした。従来にない演出を目指した結果、「ホームドラマの常識を変えた」と評され、日本のテレビドラマ界に多大なる影響を与える作品となりました。

網膜剥離と戦う

このドラマ製作の前に、鴨下氏は「網膜剥離」により、半年ほど職場を離れていました。現在では、網膜剥離の手術は日帰りも可能となっていますが、当時の医療レベルでは難易度が非常に高い手術であったため、失明の恐怖に怯えていたそうです。

しかし、この病気の前後で、鴨下氏のドラマ製作や演出に対する考え方が一変します。失明しかけたことで、以降は「音声」をより大切にするようになったといいます。さらに、いつまで撮れるか分からないため、よい開き直りも生まれたそうです。そうした気持ちや視点の転換があったからこそ、病後のドラマが成功につながったと鴨下氏は述べています。

病気によるキャリアの中段

ギラン・バレー症候群

大病を患い、職場から長期離脱、克服後に結果を出すというパターンは、鴨下氏にはこの後何度か訪れたそうです。1999年には、「ギラン・バレー症候群」という奇病にかかり、一晩で左足の親指しか動かせなくなるという重篤な症状になったそうです。全身の麻痺だけではなく、呼吸困難にもなり、気管切開までしました。その後、少しずつ回復しましたが、10ヵ月も入院したそうです。

この病気の発症率は、10万人に1~2人。発症リスクが低い奇病なのに「なぜ自分が…」と、不運を嘆く日が続いきましたが、そのうち、人体の動きや所作について深く考えるようになったそうです。その後の演出の仕事に役立ったのは、言うまでもありません。

新たな視点を獲得

病気によるキャリアの中断は、ビジネスパーソンが最も恐れることでしょう。しかし、鴨下氏は「病気も、キャリアの中断も、なかなかよいものだ」と述べます。不遇な時だからこそ、新たな視点を獲得し、従来とは異なるテーマに取り組めたりと、むしろ収穫が多いそうです。もし何か理由があって仕事から長期離脱することになっても、落ち込む必要はなく、人生にとっては「得」になる方が多い、と考えて欲しいと述べています。

「望まない仕事」が転機となることも/池上彰氏

会社の人事異動で不本意な仕事に就いたことが、躍進への布石となることもあります。

現在、テレビ番組や著作で大活躍しているジャーナリストの池上彰氏。かつてはNHKで社会部の記者やニュースキャスターを歴任する存在でしたが、40代半ば頃の人事異動により「週刊こどもニュース」のキャスターへ就任することに。その異動に満足いかなかったことから、50代半ばでNHKを退職する道を選択します。その後、著作を通じた活動をしていましたが、わかりやすい解説が評判となり、現在では著書の執筆や雑誌・ニュースサイトへの連載など活躍の幅を広げています。池上氏のように不本意な人事を契機に、自分の適性を新たに発見する人は少なくないでしょう。(参考:日経ビジネス2017.6.5「有訓無訓」)

キャリアの中断の男女差

厚労省によると、働く女性の6割が最初の子どもの出産後に退職することから、キャリアの中断は、主に女性の問題とみられることが多いのが現状でしょう。2016年の賃金構造基本統計調査によると、フルタイムで働く女性の平均賃金は男性の賃金の73%。男女格差はこの20年で10ポイント縮まり、過去最小を更新しました。空前の人手不足や経済環境の恩恵を受け、男女格差は縮まりましたが、現状ではキャリアを中断することの多い女性が賃金面では不利な状況です。

ロンドン・ビジネススクール教授で、人材論・組織論の世界的権威であるリンダ・グラットン氏は著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』で次のように述べています。

長寿社会を見据えると、人生の途中で時間を割いて新しいスキルの習得に投資し、新しいテクノロジーを受け入れる必要がある。余暇時間の一部をリクリエーション(=娯楽)ではなく、リ・クリエーション(=再創造)のために使うことで、人生の中のキャリアのシフトを上手に移行できるのではないか。

男女関係なく、キャリアを中断せざるを得ない期間があったとしても、キャリアを進化・深化させる機会と捉えて、多様的な視点を育む期間としたいものです。「諸行無常」「変化が当たり前」という人生の真理は、誰にでも平等に課されています。

 

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