企業が進める残業削減術(Vol.348)


中村 亨の【ビジネスEYE】です。

過労死防止や長時間労働の是正ため、政府が「働き方改革」を推進していることを受け、大企業では様々な取り組みが動き出しています。
 ・ホンダ:勤務間インターバル制度を採用

 ・富士通:約3万5千人の全社員が原則、回数無制限でテレワークが可能に

しかし、「働き方改革」の本質を見誤ると、単なる「早帰り」や「業務丸投げ」となり、業績に悪影響を及ぼし兼ねません。真の残業削減術とはどのようなものでしょうか?

今回は、企業が進める「残業削減術」について、お伝えします。

残業時間を抑える具体的な取組み

現状では先送りの状態になっていますが、すでに罰則付きで時間外労働の上限規制案がまとめられています。この上限規制案の通過を見越して、各業界では残業時間を抑制する取組みが広がっています。

 ・毎週1日ノー残業デー (運送業)
 ・午後7時消灯及び深夜残業の禁止 (製紙業)
 ・残業の事前申請制度の導入と実施状況の管理 (食料品製造業)
 ・業務の平準化に向けた業務ローテーション (宿泊業)
 ・パソコンの強制シャットダウンの仕組み (生命保険業)
 ・勤務間インターバル制度の導入 (運輸業)

このような取組みが広がる一方、時短に便乗するような従業員も見受けられるそうです。
 ・顧客の要求を後回しにしてでも早く帰る (本質を理解していない)
 ・他の社員に仕事を押し付ける (労働生産性が高められていない)

日本人は、長時間働かないと成果をあげられないのでしょうか。

経済評論家 宋文洲氏の考察

中国出身の起業家で、現在は経済評論家の宋文洲(そう ぶんしゅう)氏。宋氏は、国費留学生として北海道大学へ留学した後、1992年にソフトウェア開発のソフトブレーン社を立ち上げ、その後に東証一部上場を果たしました。起業してしばらくの間は、非効率な働き方を好む日本人社員や取引先に困惑したそうです。

宋氏は次のように話します。「午後7時にはオフィスを消灯する定時退社運動なんて90年代からやっていた。でも、何回やっても社員は帰ろうとしない。大した仕事もないのに…。」

中国人との違いに悩んだ宋氏が辿り着いた結論は、「日本では、要領よく物事を進めることは良くないことと見なされる。江戸時代から美徳とされるのは、真面目に猪突猛進、滅私奉公、とにかく愚直に量を追い求めること。同じ仕事をより短い時間でこなすことは手抜きと見なされて、サムライのやることではないとの価値観がある。日本人が個人で効率を上げることなんて無理だ」というものでした。

宋氏が考えた「日本人・日本企業が働き方改革を成し遂げる手順」はただ一つ。
 1.個人ではなく組織として働き方を見直し、まず生産性向上に取組む
 2.その結果として、労働時間を減らしていく

「総量規制」が優先されている、今の働き方改革の手順を逆にすることが大事と述べています。著書『やっぱり変だよ 日本の営業(2002年/日経ビジネス文庫)』が、ベストセラー&ロングセラーになっているだけに、言葉に説得力があります。

働き方改革成功企業「ディスコ」の取組み

1937年創業の半導体製造装置メーカー「ディスコ」。厚生労働省平成28年度「第1回 働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」で
厚生労働大臣賞(最優秀賞)を受賞した、働き方改革成功企業です。ディスコの年商は約1,300億円、営業利益率は20%超。2017年3月期も3期連続で最高益を更新するなど、目覚ましい活躍をしています。

同社を率いる関家社長は、日本企業の現場で効率化が進まない理由を、「生産性向上を成し遂げた社員に対し、経済的・評判的インセンティブが与えられないからだ」と考え、要領よく仕事をすれば、給料も増え、社内の評判も高まる会社作りに取組みました。その一つが、2011年から導入した社内仮想通貨「ウィル(Will)」でした。

社内仮想通貨「Will」の導入

ディスコでは、あらゆる仕事に「Will」という社内通貨を用いた値付けがされており、その値付けに基づいた「社内オークション」で
仕事を “ 落札 ” してはじめて業務に着手することになります。

自分の仕事の一部を他人に依頼する場合、例えば、資料作りやアポイントの代行などをお願いするときには、自分の「Will」を支出します。
支出はできる限り抑えたいとの考えが働きますので、「より効率的に働くことができないか?」と考えるようになり、
自然とコスト意識がでてくることになります。

「上司に言われて仕方なく仕事をこなす」という受け身の考え方からの脱却にも繋がります。また、日常的な業務レベルで生産性向上を意識し、仕事への主体的な意欲をもつことに繋がります。

残業代割増賃金率の変更

さらに効率化を推進するための仕掛けとして、同社では、2016年4月勤務分より、残業代割増賃金率を変更し、月45時間までの時間外労働
(残業)における割増賃金率を、従来の25%から35%に引き上げました。これにより、月45時間までの残業代割増率が、月45-60時間の割増率 (30%)を上回ることになります。

この施策は残業自体を奨励するものでなく、仕事の生産性を高め、勤務時間の削減につながったにも関わらず、その分給料が減ってしまうという不満のスパイラルを断ち切ることを意図しています。創意工夫や改善で残業を減らす努力をした社員へのインセンティブとなる仕組みを構築したのです。

こうした素晴らしい制度の構築と浸透には、企業理念の徹底などが必要不可欠です。普通の企業が見よう見まねで似た仕組みを導入するのは一筋縄ではいかないと思われます。(参考:日経ビジネス2017.7.24)

 

国際比較では、日本人一人当たり労働生産性は、OECD加盟35ヶ国中22位になっています。長時間労働の是正の第一歩として、組織で生産性を高める工夫が、さらに求められています。「量」から「質」への転換を図り、長時間労働を是正することで、人材の確保と定着、男性の家庭参画による少子化の防止、女性活躍推進、など様々な問題が解決に向かうでしょう。

しかし、前提となる「生産性を上げること」自体、企業に相当な覚悟を求めるものになります。今すぐにできることとは、自分の仕事や顧客に求められる仕事については、一人ひとりが責任と覚悟をもって生産性を意識しながら、遂行していくほかありません。

今後も企業には、短い時間でより付加価値の高い仕事を生み出すかという観点で、社内ルールの改善や制度を見直しが求められていくものと思われます。生産性向上、長時間労働の是正には、経営者の本気のコミットが必要となるでしょう。

 

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