賃上げはなぜ難しいのか(1)(Vol.366)


中村 亨の【ビジネスEYE】です。

アベノミクスの好循環を継続させるために、安倍総理は経済界に「3%以上の賃上げ」を要請しています。
「賃上げ」を促し、働く人の手取りを増やすことで、個人消費の底上げにつなげたい考えです。一方で、日本は人手不足にあり有効求人倍率が1.59倍(18年1月分)となり高水準を記録しています。本来であれば人手不足は賃金改善を促すはずですが、実情はどうでしょうか。

本日のビジネスEYEでは「賃上げはなぜ難しいのか?(1)」をお届けします。

企業の業績は過去最高の勢い

安倍総理の経済界への賃上げ要請は「官製春闘」とも呼ばれ、今年で5年目となります。政府・日銀は、財政出動や大規模金融緩和で景気を下支えしてきたにも関わらず、企業が労働者に還元していないため、思ったほど個人消費が伸びていないと考えています。

一方で、上場企業の17年4~12月期連結決算の発表が2月上旬に相次ぎましたが、円安や資源価格の上昇を背景に、7割近くの企業が増益を確保しており、最終利益合計が過去最高(16年3月期)を上回る勢いとなっています。

労働分配率の伸びは鈍い

企業の稼ぎのうち、労働者の取り分は「労働分配率」で示されます。日本の労働分配率は、09年には83.15%でしたが低下を続け、15年には73.74%となったそうです(みずほ総合研究所経済調査部)。また、国際的に比較しても低下傾向が顕著だと指摘しています。別の統計によると、資本金10億円以上の大企業の労働分配率は43.5%であり、高度経済成長期だった71年1~3月以来、約46年ぶりの低水準を記録しているそうです。(日本経済新聞 / 財務省17年4~6月 法人企業統計調査)

いずれのデータにおいても、収益環境と比べると賃上げの勢いは弱いようです。日本企業は、1990年代にバブル崩壊や金融危機を経験したことで、自己資本を積み増しして財務体質を健全化する動きが進みました。さらに、外国人持ち株比率の上昇などで、株主の影響力が強まったことにより、株主への配当などを高める動きも繋がっています。そのため、労働分配率は低調に推移しており、働き手は思うような賃金を手にできない状況が続いています。

人手不足は賃金改善につながるか

現在、人手不足の状況にあり、バブル期のピークだった90年7月を上回り、高水準を記録しています。人手不足になると企業は従業員の待遇を改善し、労働力の確保を図りますので、賃金改善にプラスの影響をもたらすはずですが、現実には、なかなか賃上げに舵を切れない企業が多いようです。賃金には一度上げたらなかなか下げられない「下方硬直性」があるとされ、企業の多くは将来にわたる固定費上昇につながるベアでなく、ボーナス増額等で対応したいという思いが強いようです。不況を理由にした賃金や雇用のカットが難しい日本では、景気変動に対応できる財務的基盤の維持のために、内部留保にまわしているのです。企業経営側が賃上げを低水準に抑えるのは、将来への不安が払拭できないといった心理もあるのでしょう。

働き方改革で消える残業代

安倍総理の要請に応えるかたちで、大手主要企業は3%を意識した回答をしています。しかし、懸念材料としては、今国会で審議中の「働き方改革関連法案等」があります。過労死防止や長時間労働の是正ため、年720時間(月平均60時間)を超える残業を禁止する内容が盛り込まれており、各企業では様々な取り組みがすでに動き出しています。少子化の改善やワークライフバランスのために、「働き方改革」は必要な改革ですが、その本質を見誤ると、単なる「早帰り」や「業務丸投げ」となり業績に悪影響を及ぼしかねません。

また、仕事の生産性を高め勤務時間の削減を達成したのに、残業代が減ることで、かえって手取りが減ってしまう場合には、消費の減退につながるでしょう。労働者へ還元があってこそ、個人消費の活発化につながりますので、企業にはインセンティブやベアアップの仕組みづくりが求められます。(参考:『日経ビジネス』2018年3月12号)

「所得拡大促進税制」で賃上げを後押し

政府は、一定の賃上げを行った企業を後押しする税制「所得拡大促進税制(賃上げ税制)」を用意して、生産性向上のための持続的な賃上げを強力に後押ししています。大企業なら平均給与等支給額が前年度より3%以上、中小企業なら1.5%以上増やせば、法人税から人件費増加分の15~25%を税額控除できる税制となります。

ただし、平成30年度税制改正では、大企業に対しては「設備投資要件」が加わりましたので、効果はやや限定的となります。また、中小企業者等についても基準年度の変更がありました。そのため、中小企業者等のなかで毎年安定的に給与が上がっている企業の場合、改正前と比較すると、税額控除額は下がってしまうケースも考えられます。

18年の主要企業の春闘では、自動車業界や電機業界では好調な企業業績を反映して、賃金水準を底上げするベアを5年連続で実施し、前年実績を上回る回答が相次ぎました。ただし、ベアと定期昇給分を合わせた賃上げ率では3%の達成は難しく、手当や一時金などと合計して3%達成を示す企業が多かったようです。中小企業にもそうした賃上げのムードが追い風となるかが今後の焦点となるでしょう。

 

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