トリクルダウンをもたらさない富裕層(Vol.380)


中村 亨の【ビジネスEYE】です。

「富裕層」の数は増えているものの、消費が伸び悩んでいます。富裕層が蓄える資産のうち一部でも消費に回れば、トリクルダウン効果で国民全体にも富がしたたり落ち、経済が成長すると考えられていました。しかし、その理論は、現実的ではなかったようです。

今回のビジネスEYEは、「トリクルダウンをもたらさない富裕層」を考えます。

 

■日本の「富裕層」は増大している!?

富裕層の定義は様々ですが、ここでは年収1,500円万以上を1つの区切りとして考えてみていたいと思います。国税庁の民間給与実態統計調査によると、2016年の1,500万円以上の給与階級別給与所得者数は、約56万(男性1.8%、女性0.2%)でした。2011年は約44万人でしたので、5年間で12万人増えたことになります。

年収1,500万円以上の世帯の家計消費は、2011年以降10兆円前後でほぼ横ばいの状態となっています。富裕層の人数は、12万人も増えたのにです。

■トリクルダウンは起きなかった ~資産を貯め込んでいる~

野村総研の調査によれば、平成23年時点では、金融資産を1億円以上保有している世帯は約41万世帯でした。それが4年後の平成27年では、121.7万世帯となったそうです。保有している資産も188兆円から272兆円へ、84兆円も増えたことになります。84兆円といえば、大雑把に日本のGDPを500兆円と捉えると、約17%に相当します。大きな額ですので、その一部が消費に回ったならばトリクルダウンの効果があると数年前は考えられていました。しかし、トリクルダウンは幻に終わったようで、多くの富裕層は資産を増やしたものの、消費ではなく資産を貯め込む、または金融資産に再投資をしていると見られています。

■消費行動の特徴

日本の富裕層の大半は、オーナー経営者、医師、地主の3職種が占めています。育った環境、ビジネスの将来像、年齢などにより、消費行動は人それぞれ異なりますが、どの職種においても「少なくとも国内で大きな消費をする予定はない」との厳しい意見が富裕層には多いようです。それぞれの背景について見ていきましょう。

◇オーナー経営者(57%)

富裕層のなかでも半数以上を占めるオーナー経営者。最近では、IT産業の隆盛を背景に起業や資産運用などに成功した20代、30代の若い富裕層も増えています。資産を持ちながらも仕事中心の生活で、ビジネス拡大への意欲が高くある一方、消費を楽しむ時間的な余裕もなく、質素な生活をしているといった共通点がうかがえます。

◇医師(16%)

美容外科や眼科、皮膚科など特定専門診療科として開業した方に、富裕層は多くみられます。開業医として身なり・見た目にはお金をかけているものの、今後の医療制度改革を見据え、設備投資や優秀な人材の確保などに資金を回したいと考えている方が多いようです。オーナー経営者と比較すると、消費意欲はあるでしょう。

◇地主(12%)

地主の場合は、自由に使えるお金はあるものの、無駄遣いを嫌う方が多い特徴があります。株式投資等を通じて資産を増やすことに余念のないのも、地主の消費行動に共通します。地主の特徴としては、広大な土地を所有しているために、固定資産税や不動産取得税をどう捻出するかといった課題があります。資金繰りを常に気にかけなければならず、派手な生活は興味がないようです。さらに、土地・建物を子供や孫の代へ引き継ぐには「相続税」に備えなければなりません。生前から準備する必要があり、消費行動にブレーキをかけているようです。

(参考:『日経ビジネス』2018.6.18)

■なぜ消費が伸び悩むのか

なぜ、富裕層の消費が伸び悩むのかを考えた場合、他にも要因があるように考えられます。日本の経済の成熟度が進んだことで、既に消費意欲が満たされている場合もあるでしょうし、不安をあおるような報道が多い日本では、真面目な人々は、資産を貯め込むことだけに熱心になってしまうのかもしれません。

また、富裕層は実は倹約家であることが多く、ムダなものにお金を払わない傾向がみられます。富裕層は、仕事を通して、費用対効果を考えるクセがついているため、ムダなものや時間がとられるもの、気分を害するものなどは、生活から排除するでしょう。今の時代は、ネットで簡単に検索ができますので、本当に自分が気に入ったものに対してのみお金を使うのでしょう。

 

アベノミクス政策では、企業活動を活発化させ産業を興すことで、景気を浮上させてデフレを克服することに主眼が置かれていました。その景気回復策は、円安・株高という市場環境の転換をもたらし、雇用面でも改善がなされました。

しかし、日本経済の将来に対して、家計も企業も危機感を抱いていることは、個人消費が活性化しないことに現れています。今後は、国内総生産GDPの約6割を占める個人消費をいかに高めるかに焦点をあてる必要があるのでしょう。富裕層のトリクルダウンに期待できないのであれば、低金利政策、税制についても、改めて考えなおす必要がありそうです。日本社会・経済の再興をはかるためには、今の時代に即した新しい設計図が必要となるでしょう。

 

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