永守重信会長の手腕が光り「M&A巧者」といわれる日本電産。積極的なM&Aの活用と、海外展開による事業拠点の拡大により、総合モーターメーカーとして世界トップシェアを誇るようになりました。
一方、日本企業による海外M&Aでは、期待されたような成果を十分挙げられないないなど、問題点やリスクが注目されることも少なくありません。
今回のビジネスEYEでは、日本電産にみる「海外M&Aの成否の分かれ目とは?」をお届けします。
日本電産 8年強で33件のハイペース
一般に日本企業が海外の企業を買収するいわゆる海外M&Aの場合には、制度・言語・文化面の違いもあり、国内の M&A や自社の現地法人設立による海外進出と比較しても、難度が高い側面があります。
しかし、日本電産は、2010年以降の8年強で、大小案件を交え計33件(うち29件が海外企業)の買収を完了するなどM&Aをハイペースで行っています。M&Aが事業発展の原動力になっており、同社の2010年度と2017年度の売上高を比較すると、6,760億円から、1兆4,881億円へと伸ばしています。また、永守会長によると「52回の買収で一度も減損損失を計上していない」との
ことであり、同社のM&A戦略の巧さが伺われます。
待って買う「バリューの視点」
日本電産は、M&Aの候補リストを常に持ち、毎年元旦に買収の意思を伝える手紙を出し、相手に考える時間を与え、徹底的に「待つ」ということを重視しているそうです。実現に平均5年、最長16年待った例もあるようです。
また、買い急がず、自社の算定価格を超えれば手を出さず、「高い値段で買わないこと」を方針に掲げています。
そして、自社にとって必要な領域を手に入れるために、まるでパズルのピースを埋めるように1社1社、M&Aを実現しています。
「必要なM&Aは実施するものの、不必要なリスクにはさらさない」という姿勢は、バリュー投資で財を築いた米国のウォーレン・バフェット氏とも重なっています。
なぜ「安く買うこと」が重要か
買収価格については、「安く買うこと」が重要であるとの指摘が数多くなされています。特に海外 M&A については、対象企業の価値を測ることが難しいことや、買収プレミアムが高いと減損リスクが上昇することに加え、買収価格が高くなればなるほど、後の現地企業の統治(PMI)に大きな負荷がかかってしまいます。
すなわち、高く買えば買うほど、資金余力はなくなり、その後の買収先への追加投資余力がなくなってしまうためです。その結果、予期せぬ事態が生じ業績悪化した場合への対応策が制限され、買収による価値創造が滞る可能性があります。このように、バリュエ―ション及びそれに基づく価値算定は、その後のPMIも見据えて行う必要があります。
ウォーレン・バフェット氏がM&A価格の高騰ぶりを警告
投資の神様と呼ばれるバフェット氏が今年の株主に宛てた手紙で、今のM&A価格の高騰ぶりに警告を鳴らしています。
日本企業による買収で過去最大となった、武田薬品工業によるシャイアー(アイルランド)の買収は、買収総額が約6兆8,000億円にものぼります。武田工業薬品は製薬業界の売上高で世界トップ10入りを果たし、収益力や開発力を大幅に高めることを狙ったM&Aですが、主力製品の特許切れで収益が先細りするなか、いま決めないと国際競争で勝ち抜けないとの危機感が買収へと駆り立てているようです。
【日本企業による海外企業買収の主な事例】
・武田工業薬品———— シャイアー(アイルランド) 約6兆8,000億円
・ソフトバンクG———– アームHD(英国) 約3兆3,234億円
・日本たばこ産業(JT) —– ギャラハー(英国) 約2兆2,530億円
・ソフトバンク———— スプリント・ネクステル(米国) 約1兆8,121億円
・サントリーHD———— ビーム(米国) 約1兆6,793億円
・武田薬品工業———— ナイコメッド(スイス) 約1兆1,086億円
同じM&Aでも、待って買うバリューの視点と違って、高いプレミアムを「今」に払う例が、武田薬品工業のシャイアー買収でしょう。大きなリスクを内包していますので、社運を賭けた巨額買収となります。
海外M&Aは上場企業に積みあがった現金の再配置戦略とも言い換えることができます。国内の設備投資や賃上げ、株主還元など多くの選択肢から選ぶ以上、最も有効に資本を増やす道にしなければなりません。
参考:日本経済新聞2018.7.31/経済産業省「我が国企業による海外M&A研究会」
経営者には、その利益を守るべき株主がいますので、「そろばん」の合わない拠出は避ける必要があります。M&Aは対価の妥当性を高めて計画を実行していくものであって、「買収」そのものを目的化してしまっては、元も子もありません。
待って買うバリューの視点か、高いプレミアムを今に払うか。どちらの手法であっても、経営トップ自らが腰を据えてコミットし、
中長期の時間軸で自社の「目指すべき姿」を示す必要があります。「その企業が社会にどんな価値を提供できるのか、提供し続けられるのか」を考え、そのためのかじ取りを行うのが経営者の役割でしょう。
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