上場で成長 今は昔(Vol.455)


孫正義氏率いるソフトバンクグループが、シェアオフィス事業を手掛ける米ウィーワークの株式30億ドル(約3268億円)相当について、株式公開買い付け(TOB)を開始したとのニュースが話題になっています。

超巨大ユニコーン(時価総額1,000億円以上の未上場企業)として名を馳せ、広報誌ANGLEでも取り上げたことのあるウィーワーク。現在は、ソフトバンクグループの経営支援を受けながら、大幅なコスト削減や事業安定化を目指しているものの、初期の資金調達時の485倍、日本円にして約5兆円もの企業価値をたたき出したこともあります。

企業の資金調達が、上場前へと顕著にシフトしています。
今回の【ビジネスEYE】では「上場で成長 今は昔」と題して、新たな成長のベクトルを追ってみましょう。

(参考:日本経済新聞/2019年10月6日)

 

(1)上場後に上場前の成長を超えられない現状

企業が成長を遂げる場所が上場市場から未公開市場へと移り変わっています。マネーがあふれ、規制が厳しい上場を選択しなくても、大規模な資金を調達できるようになりました。年金や個人も含めた幅広い投資家が企業に資金を供給しています。

前述のウィーワークを運営する米ウィーカンパニーは9月末、上場申請を撤回しました。年初に470億ドル(約5兆円)と評価された企業価値ではあったものの、これ以上の成長は見込めないと判断されたのでしょう。

ベンチャー企業では、最初の外部からの資金調達が「シリーズA(投資額1000万~3000万円程)」と呼ばれ、回を重ねるごとに「B(投資額数億円~十数億円程)」「C(十数億円以上)」と進みます。かつては「C」の後に上場する企業が多かったそうですが、ウィーカンパニーは「H」とされています。

通常投資ラウンドは、シードから始まり、アーリー、A、B、Cと5つのステージに分けて説明されるのですが、規格外の「H」となると、かなり膨大な金額を集めていたと言えるでしょう。

過去を振り返ってみれば、1997年上場の米アマゾン・ドット・コムは「A」の後、2回の調達を経て価値を7倍にして上場しました。上場後に時価総額は4億ドルから一時1兆ドルと2600倍に。一定の事業基盤を確立した企業が株式を公開して規模を拡大していく成長像そのものだったのです。

現在のように、未公開市場での企業価値が上昇した転機は、2012年上場の米Facebookと言われています。企業価値は上場前に800倍伸び、上場時の時価総額は1000億ドルでしたが、上場後は6倍の伸びにとどまりました。Facebook以降は、ライドシェア大手の米リフトや、ビジネス対話アプリの米スラック・テクノロジーズなど上場後に時価総額が伸びるどころか、低下していると聞きます。

上場前に巨大化するようになった背景には、カネ余りと低成長があると言えるでしょう。利回りに飢えた投資家が、デジタル革命を主導する成長著しいベンチャー企業への投資に殺到したことがきっかけとなっているのでしょうね。

 

(2)株式市場の存在意義がなくなる?

リフトやスラックだけでなく、アリババ集団やウーバーなども、上場前から多額の資金を集め、成長著しい企業として注目も集めてきました。世界の未公開企業がベンチャーキャピタルから調達した資金額は2018年で2570億ドルと、同年の上場時の調達額(2236億ドル)を上回っています。

株式市場には、多くの目で有望企業を選び出し、資金を供給する社会の資源配分の機能があります。企業が生んだ富は投資家に還元され、消費や新たな投資に向かうものです。特定のプロしかいない未公開市場の膨張は、資源配分をゆがめる可能性があります。一人ひとりの目利き力は優れても、株主が少なく過剰評価になりやすいとの専門家の意見もあります。
カネ余りのなかで資金の出し手よりも創業者の立場が強まり、経営は野放図になりがちです。企業が生む富も特定の人間に集中しかねず、「個人が良い投資機会を得られない」と問題視する声もありました。

音楽配信スポティファイ(スウェーデン)など、上場時に新株を発行せず、株主に売却機会を与えるために上場する例も増えてきています。

今後日本では、市場再編により上場基準はさらに厳格化すると予想されます。上場のもともとの目的は資金調達だったはずですが、公開市場でなくとも資金を集められるのであれば、制約を受けない未公開市場での取引はさらに増えるでしょう。

株式市場の存在意義だけでなく、資本主義そのものが揺らぐ可能性も否定できませんね。

 
 

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