2017.08.03

ビジネスEYE Vol.334


中村 亨の【ビジネスEYE】です。

前回のビジネスEYEでは、経営危機に陥っていた八芳園が、従業員の「意識改革」やライフイベントを取り込む「生涯顧客化」戦略により業績回復した過程をお伝えしました。
しかし、改革を進める井上氏を次なる問題が待ち受けます。

今回は、井上氏が様々な問題に遭いながらもそれを乗り越え、明確な「ビジョン」と「ミッション」を確立するまでをお伝えします。

■V字回復後、クレームが増える
「従業員の意識変革」と「生涯顧客化」戦略を推し進めた結果、八芳園は見事V字回復を成し遂げました。
しかし、新たな問題が発生してきます。
お客様が増えたことで現場が対応に追われ、「料理が出てこない」といった致命的なミスが目立つようになったのです。
晴れの舞台である結婚式で、式場の不手際からお客様に不愉快な思いをさせる。
あってはならない失態であり、新郎・新婦に対しても顔向けができません。

井上氏は「一人ひとりのお客様の幸せのためにどうすればいいのか」を徹底的に考えたそうです。
そして、辿り着いたのが『値上げ』でした。

■「値上げ」に踏み切る
「値上げ」により人員増強が実現されたことで、サービスの範囲はもちろん、そのクオリティも格段に上がったそうです。
一般的に倦厭される「値上げ」を上手く取り込んだ結果、八芳園では結婚式の組数は増加傾向に転じました。

■自社の歴史を振り返る
八芳園をV字回復に導いた立役者として井上氏は脚光を浴び、各業界から講演に呼ばれるようになります。
講演会場で出会ったとあるホテルの専務から「自社の歴史を勉強しなさい」とのアドバイスを受けたそうです。井上氏は、自社の歴史を紐解きます。

八芳園の土地は、明治の末には渋沢栄一の従兄にあたる実業家・渋沢喜作氏が所有していました。1915年に売りに出されると、実業家・政治家であった久原房之助氏が購入します。久原氏は樹齢数百年を超える松を特に愛で、自然との調和を重視した庭園づくりを行ったそうです。丹精込めた庭園づくりのお陰で、八芳園の庭地は東京都心にありながら、まるで別天地のような自然の美しさを保ち続け、戦時中の度重なる空襲にも大きな被害を受けませんでした。

1950年頃、久原氏は飲食店を展開していた長谷敏司氏に、庭園の一部を利用した料飲店の共同経営の話を持ちかけます。
その際、久原氏はいくつかの条件を提示したそうです。
・「一木一草とも勝手に動かしたり抜いたりしてはいけない」
・「この場を単なる飲食の場にすることはならない」
・「海外の方には日本文化を発信する拠点とする」

これらの条件を目にしたとき、八芳園の果たすべき役割がこの文に凝縮されていると井上氏は感じたそうです。

■「ビジョン」と「ミッション」
先人たちの想いを引き継ぎ、未来への指針とすべく、井上氏は新たに「ビジョン」と「ミッション」を策定しました。
 ビジョン :「日本人には心のふるさとを。海外の方には日本の文化を」
 ミッション:「いつまでも、あり続けること」

お客様と生涯を通じてお付き合いをしていく「生涯顧客化」という考え方も、ビジョンやミッションを追求する中で生まれてきたものとなります。八芳園はいつまでも存在し続けるのだから、お客様とも生涯を通じたお付き合いをすることが、V字回復後のシナリオとなるのでした。
(『致知』2017年3月号/インタビューを参考)

八芳園のV字回復への道のりは、決して平坦なものではありませんでしたが、結婚式場の目的の一つである「お客様の幸せ」を徹底して見つめ直すことや、自社の歴史を振り返ることで認識を深め、顧客との関係を再定義したことが業績回復の要因となりました。また、正しい値上げを実施できたことも大きいでしょう。

「企業の文化」が醸成された八芳園。
これからも、先代の想いを次世代へとつなぎ、新しいストーリーを生み出すことでしょう。

実は、中村 亨も八芳園で結婚式を挙げた一人であります。八芳園の庭園の素晴らしさは、まだ目に焼きついています。
V字回復を遂げた八芳園に、近いうちに足を運んでみたいと思っております。

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